テニスの歴史

日本選手のさらなる飛躍

1955年にはアジアのテニス発展のため、デ杯に東洋ゾーン(欧州ゾーン、アメリカゾーンなど国を地域ごとにおおまかに分けたもの)が設けられました。また宮城淳選手、加茂公成選手が全米選手権男子ダブルスに出場し、全試合を制覇して優勝するという快挙を成し遂げます。
1970年代に日本でプロテニス協会が結成されると、神和住純選手が日本人初のプロ選手として誕生しました。1985年に谷沢英彦選手が全日本選手権で最年少優勝を飾り、1990年代には松岡修造選手が世界46位、ウインブルドンでベスト8進出を達成し、日本男子で世界トップレベルに最も近づいた選手として名を馳せたのは皆さんもご存知のことでしょう。
また、最近では日本のエース鈴木貴男選手が2006AIGオープン(ジャパンオープン)で世界NO.1のロジャー・フェデラー選手を相手にフルセットにもつれ込む大接戦の末、惜しくも勝利を逃したことは記憶に新しいところです。

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