四大大会の特徴

数あるテニスの大会の中でも、規模・レベルともに最高峰に位置するのが四大大会(全豪オープン・全仏オープン・全英オープン・全米オープン)です。いずれの大会にも個性と歴史があり、その時々のテニス界をいろどる様々なドラマが生まれました。

開催時期

四大大会は、毎年1月下旬に開催される全豪オープンからスタートします。全豪オープンに続いて全仏オープンが5月~6月、全英オープンは6月~7月に開催され、8月~9月に開催される全米オープンで四大大会は幕を閉じます。

開催場所と特徴

四大大会が開催されるテニスコートは、往年の名選手の名前が冠されたコートやプレイヤー泣かせのコートなど、いずれも世界最高峰にふさわしい由来を持っています。

全豪オープン:メルボルン・パーク(ハードコート)

オーストラリアのメルボルンは、南半球唯一の四大大会開催地です。このためヨーロッパなどの選手にとっては開催地が遠くコンディショニングも難しい(オーストラリアの1月は真夏ですが、北半球は真冬です)という難点がありました。開催地側の設備も整わず悪条件が重なっていましたが、1988年に会場がメルボルンパークに移り設備もコートも一新。これを契機に、今では世界の名だたる選手が続々と参加しています。
会場のメルボルンパーク内のテニスコートには、オーストラリア出身のテニスプレイヤーの名前が付けられています。センターコートは、生涯通して二度のグランドスラムを達成した不世出の名プレイヤー、ロッド・レーバーの名を冠した「ロッド・レーバー・アリーナ」。そして1番コートは、混合ダブルス・女子シングルスの2部門で唯一年間グランドスラムを達成し、四大大会女子シングルス最多勝(24勝)を誇るマーガレット・スミス・コートにちなんだ「マーガレット・コート・アリーナ」です。

全仏オープン:ローラン・ギャロス・スタジアム(クレーコート)

世界で始めて地中海横断飛行に成功し、第一次世界大戦ではフランス軍のエースパイロットであったフランスの名パイロット、ローラン・ギャロスの功績を讃えて命名された会場です。四大大会が開催されるテニスコートの中で唯一クレーコートが使用され、グランドスラムを阻む最大の障害として恐れられています。
番狂わせが多く上位シード選手の早期敗退が多いため、「ローラン・ギャロスには魔物が住んでいる」ともいわれています。
クレーコートでのプレイではハードコートやグラスコートと比べると球速が遅く、高速のサーブを武器とするピート・サンプラスのような選手にとっては、自分の武器を活かすことができない、まさに「魔のコート」ということができるでしょう。技術のみならず強い精神力も必要とされるため、四大大会中最も過酷な大会といわれています。

全英オープン:オールイングランド・ローンテニス・アンド・クローケー・クラブ(グラスコート)

120年以上の伝統と格式を持つイギリスのテニスコートです。開催地にちなんで、全英オープンは「ウィンブルドン大会」とも呼ばれています。試合が行われるコートは全面が芝生で覆われたグラスコートで、センターコートは年間2週間の全英オープンの期間しか使用されません。
全英オープンでは、選手は白いウェアを着用することが義務付けられています。試合中だけではなく、練習中も白のウェア着用が義務付けられていますが、これは試合会場にもなっているオールイングランド・ローンテニス・アンド・クローケー・クラブの規定によるものです。
実は第一回大会は、クラブ運営費を捻出するための窮余の一策だった…という意外な歴史も潜んでいます。

全米オープン:USTAナショナルテニスセンター(ハードコート)

ニューヨーク郊外のフラッシング・メドウにある世界最大のテニスコート「アーサー・アッシュ・スタジアム」が全米オープンの会場です。全米オープンで使われるコートはハードコートですが、現在のコートに至るまでの間にグラスコート・クレーコートとサーフェスが2度も変わった(開催場所も移転しています)というユニークな歴史があります。
全米オープンの会場は、1970年代の後半にニューヨーク州の「フォレスト・ヒルズ」からフラッシング・メドウに移転しました。その後1997年にUSTA ナショナルテニスセンターに、2万5千人以上の観客を収容できる世界最大のテニスコート、「アーサー・アッシュ・スタジアム」が完成しました。以後アーサー・アッシュ・スタジアムがセンターコートとして使用され、1996年までセンターコートとして使用されていたコートは「ルイ・アームストロング・スタジアム」と名づけられました。
観客動員数、賞金総額ともに世界最大のテニストーナメントとして知られています。