エムズテニス便り

2008年03月25日第27話 2008年3月25日(火)

こんにちは。(有)エムズテニスパークの鈴木です。
花粉が舞い散るこの季節。花粉症の方にはツライ時期だと思います。私は現代人ではないせいか花粉症とは現在のところ無縁ですが・・・。

突然ですが皆さんはテニスウェアを選ぶ基準は何ですか?色やデザインなどさまざまな理由があると思います。また、テニスは白いウェアじゃないと!と考えている方も多いでしょう。そこで第27話の今回はテニスウェアの歴史について簡単に書きたいと思います。

テニスの起源をたどると、もともと人々は色とりどりのウェアでプレーを楽しんでいたようです。テニスはもともと、貴族や上流階級のレクリエーション として広まってきた経緯がありますがファッションも非常に優雅で、女性はベールつきの帽子をかぶり、糊のきいた襟つきの長袖ブラウスに、芝生まで届く明る い色のスカートというのが一般的でした。きちんとコルセットをつけ、靴はハイヒールだったようです。では何故テニスウェアは白という認識がされるように なったのでしょう。それは1884年にウィンブルドンの種目に女子シングルスが加わり、初代女子チャンピオンのモード・ワトソンと、その妹で準優勝したリ リアン・ワトソンの二人が、帽子・ブラウス・ドレスまで白というファッションで出場したからです。その影響を受け「ウェアは白を基調としたものを着用」と いうウインブルドンの大会規定の歴史が始まりました。そしてテニスウェア=白という常識は、ウィンブルドンのみならず世界のテニス界に浸透していったので す。またワトソン姉妹がテニスウェアに影響を与えたのは、色だけではありませんでした。大会になると試合中にコートに足をからませて転ぶのもご愛嬌という わけにはいかなくなったので、彼女たちはスカートをくるぶしが出るくらいまで短くし以前より動きやすいように工夫されていました。さらにスカートを短くし たのは、1905年にウィンブルドン初の外国人チャンピオンとなった、アメリカのメイ・サットンでしたが、まだまだ現在のものと比べるとロングでした。ス カートの長さをふくらはぎまでにしたのは、1919年のウィンブルドンチャンピオン、フランスのスザンヌ・ランラン。プレーヤーにとっては、ウィンブルド ン以前のテニスウェアが一般的だった時代に、スカート丈だけでなく、帽子の代わりにバンダナを頭に巻き、コルセットもコートもつけず、襟元が広く開いた ノースリーブスのワンピース姿のランランは大きな衝撃を持って迎えられました。この衝撃的事件!?後スザンヌ・ランランは「空飛ぶランラン」という愛称で 呼ばれることになりました。その後女性がひざを出してプレーするようになります。1949年にウィンブルドンに出場したアメリカのゲルトルード・モーラン がその先駆者と言われ、彼女はスカートの下にフリル付きの下着をつけました。後にアンダースコートと呼ばれるようになるこの下着は、当時売りだし中のイギ リス人デザイナー、テディ・ティンリンが作ったと言われています。そして現代、テニスウェアは機能性とデザインが重視され、皆さんが普段目にするようなも のになってきたのです。

テニスシーズン到来です!皆さん新しいウェアに身を包み心機一転テニスに打ち込んでみてはいかがですか?弊社では2008年度最新カタログを取り揃 え、20〜30%OFFにて販売していますので、購入の際はお気軽にスタッフまでお申し付け下さい。また、団体様にはさらに低価格にて販売も致しておりま す。チームウェアなどの購入をご検討の際は物販担当(北郷:022-384-9474)までお気軽にお問い合わせ下さい。

それでは次回をお楽しみに。

<お知らせ>
・只今、第52期の優先継続週です。
・3月28日(金)〜4月3日(木)はスクール休講です。ジュニアスクールは別紙カレンダーにてご確認下さい。

 

この記事へのコメント

この記事へのコメントはまだありません

この記事にコメントする